瑞鳳・瑞鶴と生きた御仁  

昨日23時前に布団に入り一分もせずに眠りに落ち、気がつけば11時前に。
12時間の入渠が必要って結構な大型艦クラスの修理が必要でした。

さて改めて昨日を振り返ります。
筑波海軍航空隊記念館の高橋相四朗さんの講演会に行ってきました。
9時開館で10時過ぎに到着したにも関わらず渡された整理券はすでに31番。早めに来てよかったと
思っていたら講演開始には100人近く詰めかけ、入りきらずに廊下で聞くことになった人も。
結構興味ある人いるんですね。ただ半分くらいは提督のような匂いが・・・。
記念館スタッフさんにも提督率高いとリプいただきましたし。

さて講演開始です。
時間どおりに高橋さん入場。一目見てなんとお若いことか。しっかり歩き、しっかりと喋る。
とても今年で92歳になる方とは思えません。なるほど、こういう方が生き残るのだと感心させられました。
まずは高橋さんの軍歴を追いつつ、主にマリアナ・レイテ関連のお話を伺うことに。
昭和19年初頭、二十歳くらいの高橋さんは志願で海軍に入る。横須賀海兵団を経て航空機体整備兵になる。
この軍歴、うちの爺様とよく似ていらっしゃる。
昭和19年・二十歳くらい・海軍・横須賀海兵団、という点が同じ。徴兵・工作兵というのが違う点。
なんだか親近感を覚えます。

高橋さんはかなり優秀だったようで考課で優秀な上位数人に送られる金時計を貰う寸前だったようです。
分隊士に惜しかったと言われたみたい。そうこうしているうちにすぐに艦隊勤務に。
初の空母乗り組みは瑞鳳。「艦橋がない」というのを強調していました。
マリアナ沖ではゼロ戦に250キロ爆弾を積んだ機体を発艦させるお話。
瑞鳳の甲板ぎりぎりから滑走しても発艦できるかどうか微妙なくらい重かったそうです。
こんな機動性の落ちた機体ではとても敵にたどり着けるか不安だったと語っていました。
ちなみにマリアナで特攻機がいたというのは初耳でしたが本人自体もあやふやなところがあると
仰っていたので記憶違いかもしれません。70年以上前のことですしね。

マリアナ沖のあと編成替えで瑞鶴へ。友人も編成替えで千歳・千代田・瑞鳳へ2人ずつ分かれたそうですが
全員戦死したとのこと。ただ瑞鶴も沈んだし同じことだとも仰っていました。
それでもただ1人生き残ることになったのは何が運命を分けるかは分かりませんね。
瑞鶴乗り組みはやはり嬉しかったそうです。どうせ空母に乗るなら翔鶴型の瑞鶴がいいと憧れの象徴だった
ようです。瑞鶴は「艦橋があった」と強調。艦橋は何か特別な想いがあるのか。
艦橋自体はお偉方が詰めるところで上ったことはないそう。

話はレイテへ。もはや着艦も出来ない腕の悪い搭乗員しかいなく、発艦後は仕事のない整備兵の
高橋さんは単装機銃を撃っていたそうです。ただ増設されたもので野ざらしだったのであまりに危険で
第一波を凌いだ後は退避したそうです。奮闘していたものの魚雷を食らい速力が落ちるとどんどん被弾し
傾斜がきつくなる。いつ離艦命令が出たかは分からないものの海へ飛び込む人が多かったので
続いたそうです。なので総員甲板で敬礼する有名な写真の時にはすでに艦を離れていたそうです。
木材につかまり浮いていたものの助けに来る駆逐艦は中々来ない。それでもギリギリで引き上げてもらい
生き残った、と。スタッフが調べた結果駆逐艦「槇」の可能性があるのではとのこと。

ここで時間がきたので質問コーナー。笑いが起きるユーモアに富んだ答え、さすがは海軍軍人。
Q.レイテにおいて瑞鶴は迷彩を施したがグリーンかグレー、どちらか?
A.油で黒ずんでいてわかんね!
新しい説をいただきました。模型もめんどくさければ黒っぽく仕上げるのもありですね。

Q.高橋さんの本を出す予定は?
A.カラオケばっかやってないで頑張るわ!
元気な爺様です。

質問も15時くらいには終了。帰るときに駐車場を見てみると最初は龍驤の痛車しかいなかったのに
榛名と大和の痛車がいました。可愛いけどさすがに真似は出来ない。
龍驤は多分このイラスト

アマガイタロー氏は私もお気に入りです。

帰りの高速で話を思い返しているとふと艦これのセリフが。
「矢尽き刀折れるまで奮戦しました。
文字通り、最後の機動部隊が壊滅する、その日まで…。」
空母瑞鶴は歴史の存在、艦娘瑞鶴はゲームの存在という認識でしたがそこに乗っていた人の話を
聞くとそう遠くない存在だったと思い知らされます。

今回は私にとっても初の講演回視聴。それが空母の中でもお気に入りの瑞鳳・瑞鶴に乗っていた方の
お話を聞けるとはなんと幸運だったことか。
レイテにいった方で今も存命な人は今何人いるかは分かりません。高橋さんは次回も機会があれば、と
仰っていたのでまたそのときがあればいきたいですね。
いずもの公開は外れても、昨日はこっちに行って正解でした。疲れたけどいい休日だった。


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tag: 瑞鳳  瑞鶴  レイテ  マリアナ 
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海鷲の学び舎へ  

車を購入し、フットワークも軽くなったので今までいけなかったところに行ってきました。
場所は茨城、筑波海軍航空隊の記念館です。
ここは映画「永遠の0」で宮部教官が予備士官に特攻訓練を行った舞台になったところでもあります。
実際の海軍基地を使って撮影されていたとは知りませんでした。

残念なことにカメラを持っていくのを忘れてしまったので写真は今回無し。全館撮影可という珍しい
記念館だったのでちょっと勿体無かったでした。

入館すると色々な実物の部品が展示されています。エンジンやらプロペラのブレードなど。
間近で見るとプロペラもかなり大きいので迫力ありますね。呉や鹿屋で零戦は見ましたが
赤とんぼの部品を見るのは初めて。それも手に触れるくらい近い展示です。触れちゃダメと注意書きが
あったので見るだけですが。
ここに鳳翔さんを連れて行ったらどんな反応するかな。懐かしむか、ちょっと哀しい目をするか・・・。

テンション上がったのは艦船模型が沢山展示してありました。
中でも1/144スケールの大和と赤城は圧巻のでかさ。でかすぎて展示に苦労しているみたいで
横向きではなく縦に置かれていました。2m弱あるし仕方ないですね。
面白いのは高雄とタカオが展示されていたところ。アルペジオのカラフルな艦がいるのは意外。

2Fに上がると実際に戦場へ行った兵士達の展示。どこの資料館・記念館に行っても特攻へ行った人の
手紙を読むと泣きそうになります。本当に頭が下がります。
他にも水上艦乗組みだった人の展示もありました。愛宕の写真がいっぱいあって面白かったですね。
やっぱり高雄型の艦影は美しい。

金剛のカップも見てきました。嫁艦だなんだと言っていますが、実際に戦艦金剛のものを見る機会が
来るとは思っていませんでした。非常に感慨深くじっくり見てきました。

展示の中で補足的に文章が引用されているところがあります。読んでいると強い既視感が。
いやこの文はどこかで読んだことがある、と思い探してみると「角田 和男」の文字が。
以前書いたことのある記事で紹介した特攻直掩を行い、最後は自ら特攻に行く直前で終戦を迎えた
まるで宮部久蔵のような人です。この人の書いた本は非常に印象深く2回は読んだので
覚えていました。この人の本はお勧めです。

永遠の0の舞台ということで各所でそのシーンを思い出す場面が。
宮部が訓練で死亡した予備士官をかばい上官に殴られるシーン、階段でその宮部に駆け寄る予備士官たち。
ありありと目に浮かんできました。
おかしなもので本物の基地を使っているから当たり前のはずですが、映画のシーンを媒介として
自分が戦争中の建物にいるような感じになりました。

他にも司令部壕跡なんかが公開されていましたが、時間がなくそちらはパス。勿体無いかな。
記念館公開から結構たち、あまり人もいないかと思いましたがかなりの人手でした。
ここは期間限定公開で、すでに1回延長しています。それも今月で終了予定。残念ですね。
ただ私は納車が間に合ってよかったです。
関東近隣の方はまだ間に合うので一度訪れてみてはいかがでしょうか?

筑波海軍航空隊 記念館 HP

ちなみに私の目には当たり前すぎて一瞬スルーしてしまいましたがお土産コーナーでは
結構なスペースに艦これグッズが並んでいました。HPでも金剛口調だったり意外とフランクですね。

今日もう一回永遠の0見ようかな。


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tag: 金剛  永遠の0 
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衝撃的な体験でした  

さて沖縄旅行を振り返ってみます。
戦争関連で訪れた地は以下の通り。
・ひめゆりの塔
・平和の礎 及び 平和祈念資料館
・海軍司令部壕
直接戦跡が残っているわけではありませんが首里城にも行ってきました。

ひめゆりの塔で一番印象に残ったのはガマ(洞窟)を再現した場所でした。
天然の壕であるガマはかなりの急勾配で薄暗く、その中で砲爆撃に怯えながら負傷兵の
看護をするという過酷な環境。さらには大量の米兵が迫って来ていつ手榴弾が降ってくるか
分からない状況という、これ以上恐怖する場所があるかというものでした。
沖縄戦じゃ火炎放射器も使われていましたし、あんな壕で日々を過ごすなんて正常でいられる
自信は全くありません。
ましてや信じてついて来た陸軍に「ここで解散」なんて言われた日には・・・。

平和祈念資料館でも壕の再現展示はありましたね。人形が置いてあったせいもあったのか
やけに怖く感じました。狭かったり暗かったりする潜水艦は平気な私ですが天然の地下壕は
異様に怖かったです。平和祈念資料館では沖縄戦の始まりから終わり(それ以降)まで
展示してありました。呉に行って海軍に触れたり、鹿児島で特攻を見たり、長崎で原爆関連を
見てきたりしましたが、地上戦というものはまたそれとは全く違うものということを
初めて理解できたような気がします。
核の火で焼かれるというのも恐ろしいですが、死が確実に迫ってくる恐怖というもの恐ろしいものですね。

海軍司令部壕は天然ではなく人工で作られた壕。整備されているだけでもちょっとまともに
感じられました。そこで海軍の指揮を執っていたわけですが圧倒的な物量を前になすすべも無く。
「沖縄県民斯ク戦ヘリ」の電文を発した大田司令官が自決した部屋も見ることが出来ました。

首里城は行った事なかったのでとりあえず行ってみました。
Call of Duty - World at Warの沖縄戦で首里城が登場したのを見た程度の知識。
琉球王国は全然知らないので内容はよく分かりませんでした。首里城周辺でも激戦でしたよね。
今の姿は復元されたものだったと記憶しています。そのあたりの記述が少しはあるかと期待しましたが
全くありませんでした。残念です。どんな戦いだったのでしょうね。

沖縄はいいところです。この時期でも暖かく気持ちのいい気候でした。海は綺麗。
のどかでのんびり。食事は正直合わないけれど、ゆっくりするにはいいところ。
同行者はとても沖縄好きで住みたいと思っているくらいでした。
ただ私は少々生々しすぎてあまり長期間はいられないようです。
海を見ると「船が七分に、海が三分」を思い出すし、那覇市周辺ではシュガーローフなどの激戦地を
南部に行けば撤退戦、中部では上陸戦を思い出してしまいます。
単純に太平洋戦争に入れ込みすぎているだけですがしばらくは続きそうです。
北部の美ら海水族館に行ったときはそんなことはなかったので北部なら大丈夫か。
とは言っても北部は水族館以外はそれほど観光できるところはなさそうなのでのんびりするくらい
でしょうか。時間がたくさんあるならまた行きたいところですが。

今回の旅行は行ってよかったですね。呉・鹿児島・長崎と行ってきた中で(どれもいい体験でしたが)
一番行ってよかったと思った旅でした。一度は行ってみると人生観が変わるかもしれません。
私は軍も戦争そのものも全否定はしませんが、あんな戦争は二度と起こって欲しくは無いと
改めて認識できました。

興味がある人はまずはHPへ
ひめゆりの塔
平和の礎
海軍司令部壕

硫黄島戦も見てみたいですが、さすがに行けませんし。次はやはり佐世保でしょうか。


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ヨコスカサマーフェスタ 2014 いざ出発  

時刻は0430、まだ夜が明ける前に出撃です。気分は黎明攻撃を仕掛ける南雲機動部隊。
同じようにこれから動き出す人、徹夜明けの人、色々な人が駅にはいました。結構朝から
忙しいものなのですね。寝ぼけてぼーっとしていたらすぐに横須賀駅に着きました。
0600、ゲート前に到着。先客もいましたが大体30人目くらいでしょうか。
さすがにこんなに前に並んだのは初めてです。前回のカレーのように同じ轍は踏みません。
ただ待っている間トイレ(大)に行きたくなってどうしようかと思いましたが眠って誤魔化しました。
開場直前には期待感が上回って便意はどこへやら。

0845、多少早まりましたがついに開場です。どうやら人気は水中処分隊のボート体験のようです。
結構な人たちが流れていきました。EOD(水中処分員)の人たちは危険な任務に対処する為に
マッチョな方が多いです。そんな彼らが操縦するボートが結構なスピードで湾内を走り回るので
面白いのです。数年前に乗りました。あの時はひゅうががいたのでその真下から飛行甲板を
眺めるという貴重な体験をさせてもらったので今回はスルーです。
目的はただ一つ。潜水艦のみです。

急いで向かったので乗艦できたのは2番目。

148.jpg

おかげでほとんど人がいない状態で撮影可能でした。
通常動力型潜水艦としては世界最大級を誇る海自の潜水艦といえどやっぱり上甲板は狭いです。

149.jpg

大事なハッチは完全に目隠し防御です。そうりゅう型潜水艦の外見上最大の特徴たるX舵が
よく見えますね。何の潜水艦がいるか入るまで分からず、このX舵を見たとき驚きました。
おやしお型の何かだろうと考えていたのでまさか新鋭のそうりゅう型とは・・・。
このずいりゅうは13年就工なので本当にピカピカの潜水艦でした。

150.jpg

そうりゅう型といえど水上に出ている司令塔は細い。あの上に立って操艦してみたいですね。

下艦する頃になるとすごい列になっていました。先手を取ってきたのは本当に正解でした。
続いて向かったのはいかづち。

151.jpg

水上艦はこのアングルがたまらなくカッコいい。76mm砲は若干頼りなく見えますが
こうしてみると中々のもの。船体は就工から13年ほど経っていますが驚くほど綺麗でした。
もちろんイベントの為に塗りなおしてはいるでしょうが、海自の清潔さは異常なほど。

この後はたかぜを見学し、むらさめはこの前見たのでスルー。ヘリのSH-60Jを見て
とっとと退散です。ゲート前で3時間待ち、中にいたのは1時間ほど。
それでもどれもスムーズに見れたので満足でした。

何気に今回は海自よりも米軍の方が長蛇の列。2kmくらいはあったのでしょうか?
入るのにも時間かかりそうだし炎天下だし凄かったですね。
米軍は今回見所がなさそうだったので最初から行く気ゼロ。高みの現物です。
これで空母でもいれば勇んで行ったのですけれど。

お昼はカレーです。艦これにちなんだカレーを出してくれるカレー本舗に行ってきました。
1100から開店でついたのが1055。時間と同時に入店してもすぐに一杯になりました。
狙ったわけではありませんでしたがここでもいいタイミング。出る頃には待っている人多数。
店内で見回してみるとおそらく提督の方が半数近く。家族連れやカップルも当然いました。
嫁艦、金剛カレーを食べようと決めていきましたがメニューを見るとどうも比叡カレーのが
うまそう。食欲に負け比叡カレーを注文です。

艦これでは逃げ出すほどのものを出す比叡ですが果たしてお味は・・・
28.png
ってことにはなりませんでした。美味かったです。御召艦たる戦艦比叡のカレーが不味いはずが
ないのです。辛口にしましたが丁度いい辛さ。艦これ系メニューは若干高めなのが残念なくらいです。
ちなみにレジ横にあるノートには提督の方々が書かれたイラストや感想が載っていて
見ていて面白いですよ。中々皆さん絵が上手でいらっしゃる。絵が描ける人は羨ましいですね。
そういえば食べている途中いきなり大音量で軍艦マーチが流れたので何事かと思っていたら
カップルが軍艦カレーなる特大のカレーを頼んでいたようでした。運ばれてくるときに軍艦マーチで
来た上に滅茶苦茶でかい皿でカツ大盛りで来るので店内の視線を一身に集めることに。
女性の方はもう顔を覆うほど恥ずかしがっていました。さすがにあれはちょっとね。

ここで横須賀を離れることになりましたが、次の予定まで時間があったので前から気になっていた
小説「陽炎、抜錨します!」を買ってみました。ラノベ買うのいつ以来だろ。
かなりの高評価だけあって面白かったですね。ここでこうなる、と予想できる展開ですが
よく言えば王道の流れになっています。短い小説ながらカタルシスを得られるのもグッド。
お気に入りの陽炎と東山艦が活躍していて満足です。そして私も曙を育てたくなってしまった。
遠征部隊が90になったら交代させようかな。第五艦隊が実装されれば一番なのですが。
面白かったので2巻以降も買ってみようかと思います。1時間ちょっとで読めてしまうので
忙しくても大丈夫ですね。

それにしてもさすがに疲れました。手は真っ赤に焼けてしまいました。
仕事で疲れていても外に出て遊ぶのはリフレッシュには重要ですねぇ。

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(2013/11/30)
築地 俊彦

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tag: 横須賀  海自  はたかぜ  むらさめ  いかづち  ずいりゅう  潜水艦  カレー 
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特攻の街へ  

行ってきました、鹿児島へ。
九州南端、電車なら半日かかりますが飛行機なら1時間半もあれば着きます。すごい!
おかげで読書がまるで進みませんでした。

さて、鹿児島へ近づくときに見えた機窓からまずは霧島さんへご挨拶。
とても大きくさすがは戦艦に使われる名でした。
空港近くでレンタカーを借り、まずは鹿屋へ向かいます。途中までは高速が
走っていて車も少なくかなり快適なドライブとなりました。

朝一で出ましたがそれでもお昼前に到着。
88.jpg

自衛隊鹿屋基地一歩手前にある資料館。庭にはかつて海自が使用していた航空機が
展示されています。ヘリならSH-60シリーズ、固定翼機ならP3C世代としては
P2Vとか置いてあって面白かったですね。

中に入ると2Fが大戦期、1Fが自衛隊の歴史を展示してあります。鹿屋基地がどう戦争に
関わっていったのかが分かりやすく説明されてました。
開戦から終戦まで時系列で並べられていて中々理解しやすく、どのように特攻が生まれ
投入されていったのかが細かく展示されています。もっと特攻一辺倒かと思いきや
その周辺の環境や小物類も展示されていてよかったですね。
飛行機の模型だけでなく艦船、特に空母の模型が多くて別の意味で楽しめました。

目を引くのはやはり零戦。
89.jpg

実物大の零式艦上戦闘機五二型

大和ミュージアムでも見ましたけどやっぱりペラペラですよね。高機動を実現するため
とはいえこれに乗って戦うのはやはり怖い。

1Fは自衛隊エリアです。航空基地なので対潜機がメイン。病的といわれるほどの海自の
対潜能力発展の歴史がうかがえます。戦中あれほど潜水艦に沈められちゃそうもなります。

じっくり見ていたら2時間以上も経っていて結構疲れました。
その日は鹿児島市内のホテルへ向かって終了。桜島に向かう途中の道の駅で
不知火というみかん類の一種を見つけてニヤリ。

二日目。今度は陸軍の知覧へ車を走らせました。
陸軍特攻の記念館がありますが中はちょっとぐちゃっとした印象。展示経路が今一
分からないし関係するものを集めました、という感じでした。
ただ展示されている手紙を読んでみると中々くるものがあります。検閲を受ける前提なので
どれが本心かは分かりませんが、これから死に往くもの達が書いた手紙という事実は
変わりません。中には出撃2時間前、と記されたものもありました。

この後は近くの富屋食堂へ。食堂といっても飯を食べるところではありません。
特攻隊員が最後を過ごした食堂を移設し隊員達がどのように過ごしていたのかが
展示されています。狭いところですが内容は非常に濃いところでした。

結局特攻隊員達が無理やり出撃させられたわけではないのか、時代や国がそうせざるを
得ない環境だったのか、そういったものはよく分かりませんでした。
ただ確実に死ぬ出撃というものを前にしてそれでもいける彼らはすごい人という
漠然とした印象だけはより強くなりました。
かつて私は自衛隊に所属し最初に「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、
もつて国民の負託にこたえることを誓います」という誓いをして入隊しました。
ただ死ぬかもしれない、死ぬ可能性が高い任務を与えられても仕方ないと思えますが
死ぬ任務を与えられたら彼らのような行動が出来たかどうか。それが正しいかそうではないかは
別としても。

まだ見たものを全て頭で整理できたわけではありませんが、行ってきた甲斐はあったと
思います。直に触れるというのは大切なことですね。
次は佐世保にでも行ってみようか。惜しむらくは今回の旅、写真撮影可のところが
非常に少なかったのであまり記録には残せなかったところです。
なるべく記憶に留めるようにしなくてはなりませんね。


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tag: 鹿屋  知覧  特攻 
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